第八回 「叱り言葉」
広瀬 久美子
元NHKアナウンサー、エッセイスト
1.怖いおばさんが・・・・・・
近頃の子供が特にやかましい。乗り物の中、レストラン、公共の場等で、ひときわ目立つ子供の甲高い声* と傍若無人の騒ぎよう。
私はそのたびに、「やかまし~~いっ!」と叫ぶので、そのうち刺されるのではないかと心配しているのですが、私の友人はもっと強烈です。ある高級すし屋、それも日本一高いと言われる銀座のすし屋で、子供づれの客がいました。彼女はしっかりと言ったそうです。
「ここに来るには30年早いわよっ!」
その報告をしながら彼女は、
「だって、子供はもちろんだけど、その親だって若いのよ。いったい誰のお金で食べに来てるのよ!親が金持ちだったとしたって、自分のお金じゃないでしょう?とんでもないわ!!」
その話を聞いてまもなく、私が別の友人夫婦たちと行った、これまた高級料亭で、小さな子供をつれた夫婦が騒いでいました。早速先の友人のセリフをそのままお見舞いしたところ、そこの仲居さんがひそかに私に言うではありませんか。
「良くぞ言ってくださいました。有難うございます。」
「いいえ。でも本当はあなたたちが言うべきことでしょうに。」
と、一応言っておいたのですが、店の人は殆どうるさいお客に何も言いません。多分、さる歌手が、「お客様は神様です!」という言葉をはやらせたためではないかと思われます。歌の場合と、店の場合は事情がかなり違うと思うのですが・・・。
ある地方都市で一軒、入り口に札を掛けている店があった。札に書いてある文言は、なんと
『うるさい子供、お断り』
この店主の勇気には、さしもの私も脱帽しました。
しかし、騒いだり病院でかけっこをしている子供を叱ると、必ずその母親が言うせりふは決まっています。
「ホラ!怖いおばさんが怒るからやめなさい!」
“え? おばさんが怒るからではなくて、「周りの人が迷惑だからやめなさい!」でしょうに”人のせいにしてはよい子が育ちませんね。同じような例で、私はお医者様と近所のおまわりさんからこぼされたことがあります。まずは放送の時、ゲストのお医者様から。
「広瀬さん、子供を叱る時私を引き合いに出さないでほしいと言ってください。母親が、“言うことを聞かないとお医者さんに注射してもらいますよっ!”と言うんだそうです。それをいつも言うものですから、いざ予防注射でその子供が来ますよね。そうすると私を見ただけで泣き出し、注射器を見ると、もう殺されそうな勢いで泣いて、とても注射なんて出来ません。本当に困ります」
ごもっとも。もう一つは近所のおまわりさんです。彼は私と道端でにこやかに挨拶を交わしながら、
「大人はいいですよね。すんなり挨拶が出来ますから。これが子供だと困るんですよ。私を見ただけで親の後ろに隠れてね。泣き出すんです。いつも母親が子供を叱る時、“おまわりさんに連れて行ってもらいますっ!”って叱るんだそうですね。それは困るんですよ。泣かれると、何だか私が悪いことでもしたようじゃないですか。」
「あら、それは困りますわねえ」
と言いながら、思わず笑ってしまいました。彼の大きな身体と、道で会った子供に泣かれて困る様子が、何ともほほえましくミスマッチだったのです。何と母親は罪作りだこと。
2.子供が嫌うお母さんの叱り言葉ワースト5
子供を叱る時はどういう言葉がいいか、ということを放送したことがあります。
まずは子供の方から取材しました。子供が嫌うお母さんの叱り言葉“ワースト5”とは?
東京の小学校5、6年生300人にアンケートを取ったのですが、その結果、
1.さっさと〇〇しなさい(勉強、寝る、等) 53.0%
2.ウチの子じゃありません!出て行きなさい 25.4%
3.お母さんは怒りたくて怒ってんじゃないのよ!! 14.6%
4.〇〇君は頭がいいのに(兄弟と比較する) 12.6%
5.バカ 11.0%
次点は、
A・〇〇のくせに(子供、お姉ちゃん、お兄ちゃん、〇年生、男の子、女の子等)
B・お前は川で拾ってきたのよ(橋の下、土手、病院で間違って等)
でした。
むむっ。明治生まれの私の母親は、あまりこのような言葉で叱らなかったのですが、最後のB に近い話は覚えている。叱られたわけではなく、子供がある年齢になると必ず疑問を持つ事柄、“私はどこから生まれてきたのか”という問いに、母と姉三人がぐるになって返事をしたのです。
「木の股からよ」
純情で幼かった私は、庭の木々から、道路の並木まで、真剣にその「木」を探したのですが、それらしい木は見つかりませんでした。しかし後年、真実がわかった時、呆れると共に、大人に対する信頼は失われました。やがて真実がわかることは、軽々に冗談などでごまかさない方が良いと思われます。まあ、なかなか真実を言えないのはわかりますが、それをどう表現して言うかで、大人の知性と理性が問われることになります。
先のアンケートでワースト5、及び次点の二つの叱り方をした場合の子供達の反応は、
☆親の物差しで子供の値打ちを否定することで、子供は不安になる。
☆否定的な叱り方で、子供のプライドや人格を傷つける。
のだそうです。
更に、親をタイプ別に分けると、
1.命令タイプ=文字通り、命令する
2.非難タイプ=他人と比較したり、テストの点等で評価を押し付ける。
例“まあ! 30点なんて!最低だわ。隣ののぶちゃんはいつも100点ですってよ!”等
3.侮辱タイプ=全人格を否定する。子供に父親の悪口を言う。
例“勉強しないと末はパパみたいになるのよ!会社に入っても、いつまで
も出世しないわっ!”等
4.押し付けタイプ=〇〇のくせに。等
5.買収タイプ= 100点取ったら〇〇を買ってあげるから。等
6.脅迫タイプ
となるそうです。
私は娘が高校受験のときに、3以外はすべて使っていました。特に最後の6は、
「そんなに勉強しないなら、私は実家に帰らせてもらいますっ」
と、何度も叫んだものです。周りからは、
「夫婦喧嘩ならわかるが、娘に言うとは変わっている」
と、からかわれましたが、当時は私も追いつめられていて、そのセリフしか思いつかなかったのです。
5の「買収」では、「入ったら、遊んでいいから」
という言葉をエサに勉強をさせてきました。しかし、高校に入ったとたんに遊びだし、大学に入っても止まらず、今就職をしても続いているのです。子供もそれなりにしたたかなので、うっかり使うととんだことになるという見本ですね。
で、このような叱られ方をした子供たちは、どんな気持ちになるかといいますと、
1.悔しくて仕返ししたくなる。
2.悪いと思って反省する。(評価を取り入れていい子ぶるが、こういう子供は、押さえ込まれた鬱憤をよそで晴らそうと、学校等でいじめっ子になりやすい)
3.悲しくなったり、淋しくなったりする。(愛されているのだろうか、嫌われているのではないかと疑心暗鬼になるため)
4.何とも思わない。
5.何で叱られるのかわからない。
6.翌朝まで引きずらないでほしい。
7.ネチネチ昔の話をしないでほしい。
ちなみに、4はあまりにもいつも言われるので、親の言葉が頭の中を素通りするため。5は、特に母親が叱る時、それをきっかけに一週間前、一ヶ月前、果ては一年以上前のことまで出してくるためだそうです。納得。7は子供たちにとって、「昨日」はすでに「昔」なのだとか。
3.『あなたメッセージ』から『私メッセージ』へ
当時、「親業」というグループがあちこちに出現していました。「親業とは一体何?」と、驚きつつテレビ番組で取材に行ったのですが、そこでは実際に反抗期の子供を持ったお母さんの経験から、親と子の会話を練習する。というものでした。キーワードは、
『あなたメッセージ』と『私メッセージ』
・前者は子供に命令するメッセージで、例えば、
「買い物に行って来て」「勉強しなさい」等という言い方で、根底には、「あなた〇〇してちょうだい」と、かなり押し付けがましさがあります。
・後者は自分の気持ちを加えて、相手に伝える言い方、例えば、
「買い物に行ってきてくれると嬉しいんだけどな~」というように、「私は嬉しい」という、母親の気持ちを素直に伝える方法でした。
その会話を、グループの主催者で、先生でもある母親と、悩みを持つ母親が交わすのです。
すぐにはうまくいかないのですが、根気良く続けているうちに、子供は心を開いてくるという話でした。
例えば、漫画を読んでいる子供に、
「買い物に行ってくれると、お母さん嬉しいんだけどな~」と言います。
すると子供が、「やだもん。漫画読んでるから」
母親は、ここであきらめず、
「そう、じゃあ漫画読んじゃったら行ってきてくれる?待ってるから」
そうこうするうちに、子供は
「うん!行ってくる!!」と、言うようになるというお話でした。
私も番組上、母親の一人として会話の練習に加わったのですが、子供役の主催者(先生)がとても憎らしい返事をするので、つい、
「あらそう、じゃあ私が行ってくるわ」
と、どこかをまくりそうになって困りました。自分が行った方がよほど早いではありませんか。が、それではいけないそうで、子供が母親の言葉に喜んでお使いに行くように仕向けなくてはいけないのでした。親は相当な忍耐力と時間が必要なのです。
通っている母親の一人に話を聞いたところ、中学生の娘の帰りが遅く、困ってここへ来たと言うのです。いつも娘を叱り、時には自分の部屋に隠れる娘を追いかけ、ドアをこじ開けて怒り続けたのですが、何度叱ったり怒ったりしても直りません。それが、ここで教えられたセリフで、直ったと言うのです。それは、遅く帰った娘を叱らず、
「どうしたの~?心配したのよぉ」
と、母親の気持ちを伝えたところ、娘さんは驚いて、
「お母さんどうしたの、気持ち悪い」
と言ったそうです。しかし、めげずに続けた結果、数週間後に、遅く帰った娘さんは玄関に入るなり、勢いよく言ったのでした。
「お母さんごめんね!心配した?」
母親は、その言葉を聞いた時涙が出たそうです。
親子だからと、黙っていては気持ちが通じない。親が自分をどう思っているのか、子供は親が思う以上に気にしているのだろう。
もう一つ、「ガミガミ追放運動」というところにも取材に行きました。
学校で子供たちに“自分の長所を書け”と言うと、殆どが書けないそうです。それなのに“短所”は沢山書ける。曰く、ぐず、ばか、性格が悪い、ゲームばかりして勉強しない、etc.etc・・・・・。
これは日頃親たちから言われている言葉ばかり。親としては、親愛をこめたつもりであっても、言われた子供は傷を負うのです。
ここのキーワードは、ポスターになっていました。
『お母さんはあなたのことが大好きよ。あなたはお母さんの宝物よ。どんなことがあっても、お母さんはあなたの味方よ』
このポスターを冷蔵庫の扉に貼ってあった家庭でお母さんから話を聞きました。曰く、
『水泳が不得意な小学校2年生の長男が、プールの時間に溺れて以来、嘘をついてプールの時間を休もうとした。教師と母親が連絡を取り、何とか泳がせていたが、ある日、釘を踏んで堂々と休めるようになった。しかし、怪我が治っても“まだ痛い”と言って、泳ごうとしない。叱ろうとしたその時、母親は、このポスターの言葉を思い出した。
そして、“嘘をついてまで休みたい”という子供の心を思うと可哀想になり、
「いつでも“休みます”って書いてあげるよ」
と言ったところ、休んだのはその日だけ。それ以来子供は一念発起し、20メートルのプールを一度も立ち止まらずに、泳げるようになった』のだそうです。さらに、
「下の子が生まれて、この子には手が行き届かなくなったこともあり、可哀想なことをしたと思います。プールに出ろということは、教師からも言われましたから、その上私がお尻を押したら、この子には誰も味方がいなくなってしまう。早く気が付いて良かったです。今は息子との間もとても良くなりました」
たかが言葉、されど言葉。使い方で人生は変わるのです。
「ことば美人は一生の得」(海竜社)より