#
リレーコラム

第九回 「こころを解くカギを求めて」

飯田 誠
飯田医院 院長
医学博士
国立精神・神経センター 元主任研究官
NPO日本ヒューマン・アニマル・ネイチャー・ボンド・ソサエティ 発起人

Ⅰ 菅修先生の啓示
  1966年ごろ、ちえ遅れに関心のある精神科医数名が、今は亡き、当時国立秩父学園園長であった菅修先生を中心として、月1 回の研究会をもっていた。それが発展して今日の「日本発達障害学会」になったのであるが、そこで私が菅先生に精神薄弱(知的障害者)の社会参加について質問したところ、先生の言われるには、「精神薄弱の社会参加と言っても、彼らの精神病理がわかっていないのだから、彼らを社会の中でどのように扱っていくべきであるかがよくわからない。だれか、精神薄弱の精神病理を研究する人が出てくれないものかと思うが、なかなか出てこない」とのご返事であった。
  それまで私は、精神薄弱の社会参加についてもっと安易に考えていたが、さすが菅先生ははるかに根本的な問題を考えておられたのであり、ハッとさせられたのである。
  精神病理学とは、わかりやすく言えば精神構造を分析する学問と言ってよいと思う。これをよく知っていないとこちらの一方的な考えだけで彼らを扱うことになり、彼らを本当に理解した接し方ができないことになる。
  そのとき、私は、この研究をやっていこうと決心した。


Ⅱ コロンブスの卵
  まず私のやったことの一つは、文献をさがすことだった。これは菅先生が言われたとおり、満足の行く研究はなかった。もう一つは、比較的軽度の、社会で働いているちえ遅れの人たちに接することだった。
  このようにして月日が過ぎるにつれて、私は非常にやっかいなことにしばしばぶつかる経験をもった。それは、ちえ遅れの人の精神構造は外見よりもはるかに低次元であるのに、だれもそれに十分気づいていない。しかもこれは「コロンブスの卵」であって、精神科医の前で「これはこうだ」と言うと、「そんなことは当然だ」と一笑にふされてしまうだけであった。それでいて、こちらが黙って聴いていると、われわれの次元でしか彼らを考えていないため、やたらにむずかしいことを考えてばかりいて、かえって解決がつかないのであった。


Ⅲ 解釈の誤り
  ちえ遅れに対する心理学・生理学的な研究においても同じことである。
  たとえば、「ちえ遅れの人は記憶の痕跡が薄いため、学習したことを思い出せない」と言う。私から言えば、記憶を完全にしていなければ、健常者でも痕跡が薄いので思い出せないのが当然である。十分に記憶させておかないで、つまり学習のさせ方が不十分であることを見落としておいて、それがちえ遅れの特徴のように考えられていることはまちがいである。
  「発達の共時性がない(発達がアンバランスであること)」と言うが、まわりの者が気になる面だけ選択的に訓練・教育して、正しい発達過程を踏まえた発達促進を無視するからそうなるのであって、ちえ遅れの特徴として彼らに責任を負わすべきものではなく、彼らを訓練・教育する側の身勝手な考え方から起こってきた現象である。


Ⅳ タネを明かせば
  「経験への内的衝動性が稀薄だ」と言うが、こちらが期待する経験の課題が高過ぎるためである。彼らの発達レベルに合った課題を与えてやれば、積極的に挑戦するものである。
  一見しただけでとび越せそうもないことが歴然としている水たまりを、中に落ちてぬれねずみになる悲哀を予想しながらあえてとび越そうと試みる「内発的衝動」をもつ人がいれば、むしろまれな存在と言うべきではないか。
  こういった経験をしてゆくうちに、私は理解困難な専門用語のパズル遊びをしていても、現に取扱いに困っている症例の解決にはならないような気持になり、コロンブスの卵のように、種を明かせば「何だ、つまらん」と評価はきわめて低いところにとどまるに過ぎないのであろうと考え、ほとんど発表もしないできたのである。


Ⅴ わかってほしいこと
  近年、ちえ遅れの子どもや成人を扱う当事者である教師・保母・保護者などの研究会や講演会が多くなり、そのあとで、「今、先生が話したようなことをもっと知りたいのですが、何かよい本はありませんか?」という質問をよく受ける。ところが推薦できるような本を私は知らないので、「いずれ私が書きますから、少しお待ちください」と答えてきた。
  本書で私が書いたことは、かなり能力をもっていると思われる軽度ちえ遅れの人でも、実際によく接してみると、生活している世界の次元が低いことがわかるということである。
  ちえ遅れの人たちの精神生活の世界は、三次元的(具体的)である。それに対して、健常者の精神生活の世界は、四次元的(抽象的)である。したがって、健常者の精神生活の世界には三次元も含まれていなければならない。ところが、一番表面にある四次元の世界にのみにとらわれていて、三次元の世界は意識しない状態になっている。そして、彼らを四次元的世界に引き入れようとする。いや、四次元的世界に彼らもいると思い込んでいるふしすらある。
  三次元と四次元の壁を破ることはどうしようもなく不可能なことであるから、ここでは、彼らが健常者と世界を共にすることができるはずがないではないか。しかし健常者は、三次元の世界に降りることは可能である。


Ⅳ 社会参加を進めるために
  このことを理解していただければ、ちえ遅れの人たちと健常者とが精神的に共通の世界をもつことができ、彼らは真の共感性をもって社会に参加することができ、トラブルも減ることになる。
  そこではじめて、ちえ遅れの人たちの社会参加が完全なものになるのではないだろうか。
  今や社会は、障害者の社会参加に対する機会均等の理念に基づき、障害者も等しく同じ社会の場の中でそれぞれの能力に合った役割をもち、相互扶助・相互理解を深めて共に生活してゆくべきであるという考え方へと発展してきている。この理念は、互いの障害や欠点を正しく認めたうえで、互いに援助し合える分野を見いだしてゆくことであると思う。
  この拙著がちえ遅れの人々に対する理解を深め、彼らに対する正しい援助や社会における適切な役割が与えられるために、多少なりとも参考になれば、それは私の願うところである。

「ちえ遅れのこころの問題辞典」
児童精神科医30年の歩みから(学習研究社)より
飯田 誠
J-HANBS 発起人、元精神衛生研究所主任研究官

(注)上記書籍は、1988年3月1日に発刊されたもので「ちえ遅れ」は現在では「知的障害」という表現をしています。

リレーコラム一覧に戻る

#
J-HANBSってなんですか?
子供と犬・猫の脳教育
動物ふれあいムービー
動物なんでも110番
犬のホームドクターQ&A
J-HANBSサポーター募集
加藤元先生のおはなし
脳の科学的証明
インストラクター養成講座